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『日本の鯨食文化ーー世界に誇るべき”究極の創意工夫”』

 

日本の鯨食文化――世界に誇るべき“究極の創意工夫”(祥伝社新書233)

日本の鯨食文化――世界に誇るべき“究極の創意工夫”(祥伝社新書233)

 

 去年の年の瀬、日本がIWC国際捕鯨委員会から脱退するというニュースが飛び込んできた。商業捕鯨が、今年7月から再開される。

 

本書は2011年に出版された本だが、わが国の鯨食文化を知るには最適の1冊だ。IWCの脱退に関して意見を持ちたければ、本書を一読するといい。

 

著者の小松正之氏は、かつて水産庁に勤め、IWCやFAO(国連食糧農業機関)などの国際交渉の場で、日本の捕鯨の正当性を主張してきた。第一線で活躍された方によるクジラについての本だから、説得力は大きい。

 

今回の書評では、章ごとに要約を書いている。そのため、分量がいつもより多い。「一記事読むのに時間かけられないよ!」という人のために、太文字や赤字、青字を読めば、流れはなんとなく掴めるようにしておいた。いつも通り拙い文章だが、読んで頂ければ幸いである。

 

目次

 

序章 クジラが大衆食だった時代

 話はまず、戦後の日本における鯨食についてからはじまる。戦後、食糧不足を救ったのは、クジラだった。クジラは栄養に優れており、一頭あたりの供給量も他の動物に比べると多いため、戦後の日本の食糧難を打開するのにもってこいだったのだ。この策は、マッカーサーのお墨付きであった。

 

時代は進んで、1960年代。学校給食にクジラが登場する。様々なメニューがあったが、特に「クジラの竜田揚げ」が大人気だったそうだ。

 

このように、戦後の日本では、鯨食文化が盛んだったが、1982年、その状況は一変する。IWCによって、「商業捕鯨のモラトリアム」が採択されてしまった。IWC管理対象のクジラが捕獲できなくなってしまったのである。

 

日本は異議を申し立てたが、アメリカに圧力をかけられ、結局要求をのみ込んでしまった。以来、今日まで、クジラの商業捕獲はできなくなってしまった。当然、学校給食のメニューからクジラは消えた。

 

第1章 日本の鯨食は、いかにして発展したか

この章では、日本の鯨食文化の歴史を振り返る。

 

スタートは縄文時代から。縄文時代ではすでに、捕鯨が行われていた。捕鯨といっても、船を繰り出してクジラを捕まえにいたったのではなく、湾内に紛れ込んできたクジラや、座礁したクジラを捕えていたようだ。その証拠に、石川県能登半島の「真脇遺跡」からは、クジラの骨が出土している。

 

時代は一気に江戸時代に飛ぶ。庶民がクジラを食べるようになったのは、江戸時代の末期、文化・文政のころである。それまでクジラは、上流階級の人たちの間でしか食べられていなかった。

 

なぜこの時期だったのか。

江戸時代は、争いのない平和な時代であったため、人口が増加した。

それに対し、クジラの年間捕獲数は庶民に行き渡るほど多くはなかった。そこで、クジラを丸ごと一頭使い切ろうという考え方が広まってきた。

さらに、貨幣経済が浸透し、裕福になった商人がクジラに目を付けた。商人は、捕鯨を生業にしている地域と、クジラ肉と他の品々を交換した。商人がクジラ肉を売りに出しはじめると、庶民のクジラ肉への需要が高まった。

こうして、鯨食文化が庶民の中でも広まっていった。

 

さて、近世の捕鯨も、江戸時代幕末に起こった2つの事件によって終わりを迎える。黒船来航と、「大背美流れ」と呼ばれる捕鯨史上最悪の海難事件だ。

 

第1章.6の冒頭では、興味深いことが書かれている。

日本の国際化はがクジラによってもたらされたことは、紛れもない歴史的事実である。 

 

 日本の国際化の起爆剤となった出来事は、黒船来航である。しかしペリーは、日本を国際化しようと考えて開国を要求したのではない。要求したことは、中国貿易の中継地点とすること、捕鯨船の安全操業の確保であった。

 

当時、アメリカは鯨油を目当てにクジラを乱獲していた。結果、アメリカ近海のクジラ資源は枯渇してしまった。そこでアメリカは、マッコウクジラが豊富に生息している日本近海にまではるばるやって来た。だが、船の燃料や、乗組員の水・食料の確保に困る。そこで、日本に支援してもらえるよう、開国を要求したのだ。

 

アメリカがクジラ資源を求めた結果、日本は開国した。だから、クジラが日本の国際化を招いたといっても過言ではないのだ。

 

さて、もう一つの事件、「大背美流れ」とは何か。事件のあらましはこうだ。親子クジラをまとめて捕えようとして船団は、捕獲に手間取ってしまう。そうこうしているうちに嵐が来て、沖合へ流されてしまう。そして、捕獲した母クジラが暴れ、船は沈んでしまった。

 

「大背美流れ」を機に、日本の沿岸捕鯨が終焉を迎えていく。そして、遠洋捕鯨の導入が進められていった。

 

第2章 鯨食は生きている

この章では、まずクジラ肉の流通過程、次いでクジラ料理についての説明がある。

 

現在、クジラ肉の供給源は、次の3つのいずれかである。

  1. 捕鯨調査によるもの
  2. 定置網漁業の混獲によるもの
  3. IWCの管轄外のクジラ類を、沿岸捕鯨業で捕獲しているもの
 
捕獲されたクジラは、学校給食用などの「公益枠」と、一般消費者向けの「市販枠」に分けられる。割り当てられるクジラ肉は市販枠の方が多く、8割以上に及ぶという。
 
流通するクジラの種類は8種類あり、有名なクジラで言えば、ナガスクジラマッコウクジラ、ミンククジラなどが含まれている。
 
章の後半には、代表的なクジラ料理と、さらに部位ごとの調理法まで載っている。読んでいると、未知なる味への好奇心が掻き立てられる。
 

第3章 日本全国の鯨食文化を訪ねて

 第3章では、日本各地の鯨食文化を覗く。千葉、大阪、和歌山、高知などの、それぞれの地域の鯨食文化が垣間見られる。

 

例えば、山口県は、今なお鯨食文化が盛んな地域として、世界中に知られているという。下関市は、鯨食文化の保護に盛んで、熱心な保護団体が多くあるという。また、下関市ではIWC総会が開かれたこともあるという。

 

終章 未来食としてのクジラ

終章では、著者による今後の鯨食の展望が語られている。クジラ肉には栄養に優れており、アレルギー源もない。さらに、近年、クジラの頭数は増加傾向にある。将来の食糧源として、鯨食をもっと普及させるべきだと著者は言う。

 

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IWC脱退は僕は妥当な決定だったと思う。理由は次の3つだ。

  1. クジラは栄養的に優れており、日々の献立の中に登場する余地がある
  2. クジラの数は増えており、日本全国に流通させるのに必要な分だけとっても、クジラが絶滅するようなことはない
  3. おいしいクジラが食べられる!

まもなく商業捕鯨が再開され、クジラが日本でもより多く流通するようになる。定食屋のメニューに鯨料理が登場するのが楽しみだ。